上映後の参加者から以下のような感想が出されました。
●子どもが小さかったときは生協に入っていたが、もう一度食を見直したいと思った。経済的に厳しいと安全な食が手に入らない。裕福でも貧しくても、安全な食が手に入る取り組みはいいなと思った。
●マンション暮らし。コロナのときに一年間実家に戻ったが、実家の地域は戸建て多く、庭もあり、人間的な生活だと思った。工業的に生産されたものばかり食べている。「余裕」がないとできないかもしれないけど、「余裕」を持ち寄って一緒に畑をする取り組みは素晴らしいと思った。2014年の映画だが、今はどうなっているのだろう?
●ワークショップのシーンが印象に残った。「自分たちで取り戻そう」「スムージーで」というのが良かった。「愛」がキーワード。銀行から借りずに、自分たちで協同組合を作って取り組んでいるのも良かった。
●「愛で対抗する」と言って去っていくシーンがかっこよかった。つい最近畑を借りて、野菜作りを始めた。ゴーヤがネキリムシにやられて2個しかできなかったが、野菜の温かみを感じたり、野菜に対して「頑張っているな」と感じたりした。
●食が「経済優先」となっているのを変えたい。多くの人は、スーパーで「買う」だけ。すぐ近くに畑があれば、野菜が育つ過程を観れて、「気づく」ことができる。いまはそれが見えなくなっている。先日田んぼの草刈りをさせてもらって、気づいたこともある。教育のなかで食を扱うことが大事だと感じた。
●昨年秋に糸島市から福岡市にやってきた。2年前から農家になり、いま農地を買おうとしているが、新規就農で、機械を使わない、多品種…と普通のやり方と違うやり方をしようとしているため、こと細かく聞かれて、まだ農地を買えていない。でも、都会でやっていくことの意義があると思う。生きるための基盤となる知識(空気、水、土…)について知らないことが多い。そういう知識を知っていくことが基礎となる。「これから福岡市でやっていきたい」という思いを新たにした。
●8年くらい前から1反ほど畑をしているが、近所の高齢の農家を見ると「子どもに継がせたくない」という気持ちは分かる。たいへん。夏は草とのたたかい。自然農をやりたいけど、状態を観ながら、方法を変えている。具合が悪くても、畑に出ると良くなる。「個人の問題ではない。政策としてやらないといけない」という言葉が印象に残った。福岡市の「須崎公園」「藤田公園(博多区役所の横)」などでも畑ができたらいいなと思った。
●価格と賞味期限だけを見て、それ以外はあまり気にしたことがなかった。将来の子どものためにも、知識をつけたいと思った。映画のなかで、畑によって人のつながりが生まれていた。実家の地域でも物々交換が当たり前にあった。畑の良さを改めて感じた。
●最近子ども食堂に関わりはじめ、フードバンクから届く食品を見ていると、ジャンクフードが多い。日本では「食の貧困化」の問題と「食の安全」の問題が両立できていない。教育やメディアの影響が大きいと思う。福岡市の「須崎公園」「舞鶴公園」「海の中道のカジノ計画」などの問題について、食や畑を使った対抗運動の方法が参考になった。
●大名小学校跡地にできたリッツカールトンのところが人工芝なのは残念。
●幼稚園のことをキンダーガルテンというが、最近の保育園はビルの一室にあったりして、「子どもの園」になっていない。もともとドイツでは、園の周りに畑があり、野菜が育っていたらしい。自然は、人間の原点だと思う。
●たとえば、ポストハーベストの問題を知らないと、農薬をまいているのを見ても、何も気づかない。まず知ることが必要。
●政策提言は必要だけど、そのためには市民も力をつける必要がある。いまNPOで福岡市有地の森の管理を任せてもらえることになったが、まず自分たちでやった実績があるから。まず自分たちで実績をつくる必要がある。「コモンズ農園」をまず自分たちでやりたい。
本作品は市民が耕作できる農園のない東京都北区民にとってはとても刺激的な作品です。畑が大好きで地元で農にかかわりたい人々がたくさん集まり、私たちのこれからの活動に希望をいただきました。