そう思ったとき、私の中でも風化が始まっていたことに愕然としました。
あれほど忘れるはずはないと思っていたのに。
見えないものに対する恐怖は、放射能もウイルスも変わりません。
頼りになるのは、きちんとした裏付けのあるデータのみ。
だからこそ専門家や国は情報をありのまま開示するべきです。
それなのに、福島の事故では東京電力が事実を隠蔽し続けました。
後になって「こうでした」と聞かされた時の虚しさ。
いま直面している感染症拡大でも同じことが起きているにちがいない。
政府の煮えきらない対応の陰には、何か隠し事があるのではないか。
そう考えてしまう国民の意識を醸成したのは、まさに福島が始まりだったように思います。
しかるべきところが正確な情報をわかりやすく提示する。
それを受けて私たち一人一人が自分で判断して行動する。
被ばく量をそれまでの1msv/日から20msv/日に引き上げる時も
「20msvは安全です」と政府が言うからおかしくなります。
それならば、なぜ今までは1msvだったのか。
「現在の屋外は20msvあります。
これまでの基準値を超えていますが、これまでの研究から
このレベルでは深刻な健康被害は起きないと思われます。
この点を踏まえて、各自、屋外での行動についてご判断ください」
このような形で、最終的な判断を各自が行えばいいのではないでしょうか。
信頼できるデータを提供することを徹底してほしい。
「安全」などというものは誰も保証できないものですから。











いるところが、一児の母としてやはりより共感するところも多かった。
監督が自らに体を張って取材をしているのにも大変驚いた。
前半のシーンで、赤ちゃんを抱いている福島のお母さんの放射線レベルを
防備した計測員が測っているのはやはり衝撃だった。人々は、無防備に見えない恐怖と日々直面していて、
何かしなければと思わさせられた。