【「女を修理する男」を観てー戦争と性暴力、その背景にある構造を考える】昨日3月27日は、ドキュメンタリー映画『女を修理する男』の上映会を主催。観終わったあと、すぐに言葉にできない、そんな重さのある作品でした。いつもよりも、時間をかけてアンケートを記入してくださる方も。
この映画は、コンゴで性暴力の被害を受けた女性たちを治療し続けてきた医師、デニ・ムクウェゲ氏の活動を追ったものです。これまでに4万人以上、怖ろしいことに乳幼児をも含む女性たちを診てきたとされ、その現実の深刻さに、ただ圧倒されました・・・
?️「民族対立」という言葉では見えていなかったもの
私自身、この地域については、
「ツチ族とフツ族の争い」という認識はありました。しかし映画を通して感じたのは、それだけでは到底説明できない現実です。
改めて調べてみると、もともとツチとフツは、固定された民族というよりも、社会的な役割の違いに近いものだったそうです。それが、植民地支配の中で「分断」として固定され、独立後にはその構造が逆転し、報復の連鎖が生まれます。
さらに、1994年のルワンダ虐殺。
この出来事をきっかけに、多くの武装勢力がコンゴ東部へ流入し、紛争はより複雑で長期的なものになっていきました。
?️紛争の背景にある「資源」
さらに、コンゴ東部には、コルタンや金など、現代社会に不可欠な鉱物資源が豊富に存在しています。スマートフォンや電子機器にも使われるこれらの資源をめぐり、武装勢力が資金源として支配を続けている現実があります。
つまり、この問題は「遠い国の出来事」ではなく、私たちの生活ともどこかでつながっているのです。私たちの北海道も半導体産業、データセンターの誘致に懸命です。この投稿もiPadからですが、過酷な労働や紛争をコンゴのような地域に強いている仕組みに、私自身も無関係ではないということです。辛いですね。
?️性暴力は「偶発的な被害」ではない
そして、この映画の中で、繰り返し訴えられているのは、性暴力が単なる戦争の副次的な被害ではないということです。
それは、「地域社会を破壊する」「恐怖で人々を支配する」「土地や資源から住民を追い出す」といった目的のもとに、意図的に使われる“戦争の手段”です。
さらに深刻なのは、その多くが裁かれないまま繰り返されていることです。
?️医療だけでは解決しない問題
ムクウェゲ医師は、治療だけでなく、被害者の尊厳の回復、そして司法の必要性を訴え続けています。傷を治すことと同時に、「なぜこのようなことが起きるのか」という構造に向き合わなければ、問題は終わらないからです。
?️「知ること」から始まる
この映画を観て感じたのは、知らないままでいることの危うさでした。遠い国の出来事として片付けてしまえば、この構造は見えなくなります。しかし、私たちの社会や消費、国際的な関係性の中で、無関係ではいられない現実があります。「知ること」は、小さな一歩かもしれません。
それでも、社会のあり方を問い直す出発点になると感じています。
重いテーマの映画でしたが、国際女性デーのある3月の映画として選んでよかったです。今回の上映会をきっかけに、少しでも考える輪が広がっていくことを願っています。














大学の講義の一環で鑑賞しました。机上で性暴力について学んではいましたが、実際の映像を目の当たりにすると、ただひたすら言葉を失いました。もし自分が被害者の一人だったら…
20年以上続くコンゴ紛争。その中で年齢や性別を問わず、老若男女が性暴力の被害に遭っており、コンゴは「女性にとって世界最悪の場所」とも言われています。今なお続いているコンゴ紛争を、私が今の今まで知らずにいたことにも衝撃を受けました。作品中で、被害にあった多くの少女たちが将来に希望を見出せずなき苦しんでいる姿を見ると、他人事としては到底受け取れませんでした。
作品中には実際の状況を「ありのまま」に伝えているため、所々に過激な映像もあります。しかしながら、問題をきちんと受け止めることができるという観点から、大変意義のある作品だと思います。
多くの情報がありふれている今日、まず重要なのはそこにある問題をきちんと「問題」として認識することだと思います。是非一度手に取っていただくことを強くお勧めします。