食品ロスというと、食べ残しや期限切れのものを思い浮かべがちですが、実は規格外野菜もその一つだと知りました。
大切に育てられたにもかかわらず、形が少し悪い、少し傷がある、傷みやすいといった理由だけで、スーパーの売り場に並ぶことができない野菜たち。けれども、収穫してすぐに食べるのであれば、本来まったく問題のないものばかりです。
そうした意味でも、地産地消はとても大切な取り組みだと感じました。
スーパーで買い物をすることももちろん便利ですが、お米や野菜を育てている人から直接購入することで、より安心して食卓に並べることができます。そして、季節の移ろいを身近に感じられるようになり、食べものへの愛着も深まります。何より、新鮮な野菜は本当においしいものです。
お気に入りのお店の店員さんから服を買いたいと思うように、
「この農家さんの野菜を買いたい」と思う人が増えていくことを願っています。
対話と五感と庭さん 26/01/31 19:56
何回見ても異なるポイントで感銘を受ける作品です。
社会を変えるのは政治家でも企業でもなく、生活者一人一人の意識だと感じます。学校や地域で環境が数字化されたダッシュボードを共有するシーンが先進的です。
女性の教育レベルが上がることと、人口問題が繋がっているとは思わなかった。
バングラデシュで実行されているマイクログリッドに感動。
日本の子どもたちが出てこなかったが、日本でもできることは何なのか、EVや太陽光発電、技術を活かしたやり方で行動に繋げたい。正しい農業によって炭素が土に還るとは知らなかった。
どの施策も先進的かつ現実的。消費者としてできることから始めたい。
危機迫る地球の未来を考える 〜ちキュートシネマ〜さん 26/01/31 01:26
ファッションという身近なテーマで、あまりにも残酷に製造プロセスの実態を映像化していた。耐久剤を消費財に返還させるマーケティングの技術、大量生産と大量消費の行き着く先は、生物界の破壊。
アパレル業界のかたからは「本当は知りたくなかった真実」「子どもに同じ経験をさせたくない、という縫製工場員の声に心が痛む」との意見。
一方、パタゴニアやピープルツリーのようなフェアトレードの企業が未来に希望を与えている、とおっしゃるかたもいました。
日本の着物のような、ファストファッションとは真逆の文化も見直されるのでは?
映画『ザ・トゥルー・コスト ~ファストファッション 真の代償~』
危機迫る地球の未来を考える 〜ちキュートシネマ〜さん 26/01/31 01:01
危機的な地球の自然破壊、多くの生物が絶滅していく状況を救う一つの手段として、まず知ること、そして情報を発信すること。
知った人の行動で人類が資本中心の経済システムから、生命を大切にする生き方に変換することにより、解決の糸口が見えるように思えました。
元来西洋より東洋の方が自然との共生の考え方が根付いている、という意見もいただきました。
危機迫る地球の未来を考える 〜ちキュートシネマ〜さん 26/01/30 20:28
この作品を通して、ずっと感じていたのは、アートが突きつけてくる「不都合さ」。臭いもの、見たくないもの、考えたくないもの。社会がうまく処理したつもりで視界の外に押し出してきたもの。それらが、形を与えられて、こちらを見返してくる。
不都合なのに、なぜか目を離せない。むしろ、愛されていく。その矛盾が、この作品の核心にある気がした。
愛されるから、無害になるわけではない。むしろ逆で、愛されながらも不都合であり続ける。その緊張が保たれている限り、このアートはまだ生きている。エンディングの彼の笑顔がとっても良かった。彼こそが「ゴミという課題が生み出したアート」だなと。
キビコクシネマ(吉備国際大学)さん 26/01/30 11:14
『バーバラ・リーの闘い ~権力を恐れず真実を~』を見て、いちばん残ったのは、強さそのものよりも「耐えている時間」だった。
9.11後、ただ一人反対票を投じた場面は象徴的だけれど、この映画が描いているのは、その一瞬の勇気よりも、孤立を引き受け続ける日常の長さなのだと思う。
だから、最後の結婚式のエンディングがとてもよかった。政治家としての彼女ではなく、一人の人間として祝福され、誰かと並んで立つ場面で終わる。闘いは彼女の中心ではない。生き方の外皮として、政治があった。その順序が、この映画では最後にそっと示される。正しさを掲げることよりも、関係を断ち切らずに立ち続けること。その方がずっと難しく、そしてずっと政治的なのかもしれない。
キビコクシネマ(吉備国際大学)さん 26/01/30 11:07
チョコレートを通じて、生産者と私たちはつながっているはずなのに、
そのつながりが見えなくなってしまっている
この一言がいまの私たちの社会の歪みをすべて表しているように感じます
チョコレートだけではありません
スーパーで並んでいる大根は、大きくなるまでにどのくらいの時間がかかるのか
炎天下で草取りをする高齢の農家の方々の汗は、消費者に見えているのか
今回の上映会には、農家の方も参加されていました
どれだけ気を配って育てても、それがきちんと届かないもどかしさ
それでも誠実に作物を作り続ける姿には頭が下がります
フェアトレードは、貧しい生産者に手を差し伸べる取り組みですが
果たして、本当にそうなのでしょうか?
実はフェアトレードで救われるのは、消費者である私たち自身ではないでしょうか
どこでどのように作られたのかわからないものを毎日食べる私たち
確かに手軽にいろいろなものが食べられますが、
その食事は本当に自分を豊かにしてくれているのでしょうか?
作り手へのリスペクトがあれば、スマホを見ながら食べるなんてこともできないはず
毎日3度、ていねいに食事をすることがどれだけ自分を豊かにしてくれることでしょうか
また、この映画は教育のかけがえなさをストレートに示してくれます
児童労働をなくす取り組みで、学校に通えるようになった少年は言います
「このプロジェクトがなかったら、今もボクは働いていた」と
プロジェクトによってこどもたちを学校に行かせるようになった村では、
こどもたちの教育は村人みんなの問題として、全員で取り組んでいます
この「村」という単位を「地球」に置き換えても同じことでしょう
よく「貧しいから教育を受けられない」と言いますが、
そうではなく「貧しさから抜け出すために教育が必要」なのです
ノーベル平和賞の「グラミン銀行」はまさにその好例です
現地で児童労働撲滅のために尽力しているナナさんはこう語ります
「問題に気づいた今、自分たちが生きているうちによくしていかなくては」
私たちも、何か自分ができることから始めたいと、強く心に誓う映画でした
ウナギネマ〜ちくごソーシャルシネマ倶楽部さん 26/01/29 22:17
パーマカルチャーをテーマにしたこの映画を観て、心が静かに揺さぶられました。
「豊かさ」ってなんだろう? そんな問いかけが、ふと胸に残ります。
毎日ごちそうを食べることでも、遠くへ旅行に出かけることでも、華やかな娯楽に包まれることでもない。
むしろ、自然とともに、自分の手の届く範囲で、無理なく暮らすこと。
それが本当の「豊かさ」なのかもしれないと気づかされました。
どこに住んでいても、自分らしい等身大の暮らしは実現できる。
そして、その暮らしを続けていくことが、安心とつながっている。
そんな穏やかで力強いメッセージに、背中をそっと押された気がします。
派手さはなくても、じんわりと沁みてくる。
観終わったあと、少し呼吸が深くなって、今日の空が違って見えるような。
そんな映画でした。
楽々テラスさん 26/01/29 09:29
※ 上映者の声投稿数で集計